道からはじまるストーリー

第27話 「祖父母を恋い通いし道」

2006.06.02

 時は昭和12、13年ごろ。太平洋戦争へと足音が高鳴りつつあった。

 祖父母の里は山田寺のある集落だった。休みになると5、6泊して過ごすのが幼い私の楽しみだった。
  いつもは母に連れられ、桜井の町を抜けて岡寺方面への道を通っていったが、少し大きくなったので近道を母から教わった。それは、里山の薄暗い林道を通り抜ける広い道で、岡寺飛鳥への道へ出るコースだった。

 祖母会いたさに暗く細い林道も怖さを忘れひたすら走り抜けた。安倍の家々が見えると幼な心にホッとしたものである。
  途中は薄暗く手入れの届いた植林の木立ち。その梢から青空がちらほら見えるそれは淋しい道で、誰にも出会わない。やっと広い道へ出ると安倍小学校があり、まだ道中は半ば。そこからまた七曲りのゆるい坂道がくねくね南へ続く。4つ5つ曲がり道を過ぎていくと、今、公共の宿がある辺りか。しばらく祖父母の里が見える。

 途中、砂かけ姿あが出るという怖いところもあったが、祖父母の家に着くと「よう1人で来た」と優しく迎えてくれた。どんなに怖く淋しくても皆が待っていてくれると思うと、幼い私は心を弾ませ通った道だった。

 八十路に入った今、ふと幻のように思い出される道。現在、あの林道の入口には清掃工場が建てられ昔の面影はない。夢か幻の道となってしまった。今は立派な自動車道になっているのだろうか。
  成人して教師となり、勤めに追われ、老いた祖父母に優しい言葉一つかけず不孝を詫びる思い出の道となった。切ない道である。
  今あの道を辿れるなら、もう一度だけ亡き祖先を偲びつつ、遠い想い出をたぐりながら墓前で詫びたい。
  私の幼い一人旅の道。

大和郡山市 村田富美子 80歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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