「人生五十年、五十歳からは仕事も辞めて田舎暮らしするんや」が口癖だった父。
その度に私達家族は「五十歳なんて、まだまだ引退する歳ちゃうやん」と笑いながら返事をしていた。
「国道369号線やぞ。3・6・9。3の倍数やから国道の号数忘れへんやろ」と曽爾村へとつながる国道を、奈良市内の自宅から週末ごとに通い、1999年、父が四十八歳の時、退職後の永住生活を想定して、本当にログハウスを建ててしまった。
父は本当にうれしそうで、自慢気な顔をしていた。
私が免許をとり、1人で曽爾村へと向かったときも、「3の倍数‥369号線‥」という父の言葉を思い出しながら、道を間違うことなく、峠の頂上にある開路トンネルまで進むことができた。
トンネルを抜けると、目の前に飛び込んできた景色に、私は思わず息を飲んだ。空の青さと山の緑。そのまま額縁に入れてしまいたいようなきれいな風景‥。父の望む田舎暮らしを応援しようと思った瞬間でもあった。
―でもそれからたった二年。父は人生で初めての入院をし、半年後、天国へ逝ってしまった。
五十歳の誕生日のわずか4日前だった。
「お父さん、開路トンネルを抜けたところに、新しいトンネルが今年の夏にも開通するんだって。そうしたら、また私も子どもを連れて遊びに行くからね」
本当は父が一番楽しみにしていた、369号線につながる、新しい道…。父が残したログハウスは、私の子どもと兄の子どものにぎやかな遊び場となっている。
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