道からはじまるストーリー

第35話 「今、ようやく…」

2006.07.28

 十二年前、まだ私が学生の時、正面の山とその野の景色に魅せられて、父が家族の猛反対を押し切って家を建てた。
  当時、元気一杯だった私は、鹿ノ台の中には目もくれず自転車や車で通学、通勤、ボランティアへと走り回っていた。

 半年程前、突然転機がやってきた。心身ともにくずれると、自転車どころか歩くこともできなくなった。何を見ても心が動かず、ただ苦しい病という名の道を歩き始めた。それでも自分の足で歩くことをさまざまな人からすすめられ、少しずつ、出来るときに自分の足で歩くことを始めた。

 以前は自転車で駆け下りていた坂を、車では入れない道を、そして父の魅せられた山のふもとをゆっくり歩いた。自分よりずっと年上の人が速歩で追い越していく。私はと言えば、ただ泣きながら歩く日も多く、途中で歩けなくなって川べりに座っているだけのときもあった。あまり長くそうしているので心配して声を掛けられたこともあった。

 それでも、この道は私のお気に入りだった。下を向いて歩いているとドングリが落ちていたり、モクレンの花びらが敷き詰められていたりして、嬉しくなって思わず上を見上げた。キンモクセイの花や沈丁花の香りに呼ばれて振り返る。
  川には仲の良い鴨の夫婦がいつも寄り添うように泳いでいた。ごくまれに宝石のような翡翠(カワセミ)に出合えたときは彼が飛び去るまで見守っていた。時おり、太陽の光を反射して光る魚の群れの成長。姿は見せず声で存在を示す牛蛙の住む池。
  誰が植えたのか土手一面にオレンジ色の花が咲いていて驚いたこともある。風にゆれるがまの穂。思わず抱きしめたくなる満開のツツジの巨木。この道は私の視野をしたから上へ、右から左へと黙って広げてくれた。

 今、ようやくこの町の良さを感じつつある。これからまだまだ新しい道を発見できるだろう。私の病も新しい道に差し掛かっている。お父さん、あなたの選択は正しかった。ありがとう。

生駒市 名和道代 33歳

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 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





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