道からはじまるストーリー

第36話 「金屋の石仏に座って」

2006.08.04

 「頑張って」なんて言っちゃだめよ。
  思い余って友人に電話すると、そう言われた。精神病の患者に「頑張って」というのは、一番酷なこと、なのだそうだ。
  私は、金屋の石仏の前で腰を下ろしたまま青い空を見る。気持ちと正反対の、澄み切った青い空を…

 主人は結婚してちょうど一年が過ぎようというときに、突然会社に行かなくなった。今思えば行かなくなったのではなく、行けなかったのだが、私は心配し、苛立ち、そんな主人を責めた。

 主人は自分から精神科のカウンセリングを受けるようになった。ずっと仕事は休んでいた。当時、仕事も子どもももたなかった私は、暗い顔でソファに座ったまま動かない主人と、同じ部屋で一緒にいることが苦痛だった。どうしていいか、解らなかった。

 だから、逃げるように金屋の石仏までトボトボと散歩し、そこで時間をつぶした。その小さな橋と、川べりの菜の花をぼんやり見つめて、ただ時間を過ごした。これから山辺の道を歩こうとする人々の笑い声が、時おり聞こえる。両親にも相談できなかった。

 それから半年。私との生活を壊さないように、精一杯の力で乗り越えてくれた。カウンセリングも終了し、普通の会社員として働き、笑顔を見せてくれるようになったのは、秋も終わりのころだった。

 そんな休日、二人で散歩した。私は病気については見守ることを決意し、言葉に出さないようにしていた。しかし、金屋の石仏前に来た時に、思わず涙がこぼれた。
  主人はその理由を聞き出し、詫びた。

 「ぼくも辛かったけど、君にも辛い思いさせたんだね…」

 今年の春、私たちは結婚10周年を迎えた。あの時のことは、二人の強さと絆になったように思う。今もこれからも、支えあって生きてゆきたい、そう思った今年の春の日だった。

桜井市 時任チカ 37歳

写真

前の記事へ 一覧表ページへ戻る 次の記事へ
『道-私のすてきな道』
好評発売中!

 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





Web版リビングダイヤル 【お知らせ】 買います 広告掲載案内


トップページ会社概要広告の掲載サーチ登録案内事業紹介ご利用の注意事項サイトマップお問合せ


当ホームページが提供する情報・画像を、権利者の許可なく複製、転用、販売することを固く禁じます。