道からはじまるストーリー

第37話 「お兄さんありがとう」

2006.08.18

 もう二十数年にもなるだろうか。職場の友人の結婚が決まり、お祝いを持って天理から奈良市に入り、奈良坂を越え柳生まで車を走らせた。

 免許証を取ったばかりのころだった。もちろん、柳生へは初めてで、あらかじめ道順を聞いておいたので不安ながらも無事到着した。

 その日は底冷えのする2月の日曜日だった。ひょっとしてと嫌な予感が頭をよぎり、話は短く挨拶だけをすませて早々にお暇をいただいた。
  来た道を奈良に向かって走り、峠の坂道にさしかかったころから急に雲行きが怪しくなり、予想通り雪が降り始めた。
  みるみるうちに細い山道が雪に埋もれていった。

 あっと思った瞬間タイヤがスリップした。二度も続けて滑った。恐ろしかった。胸の鼓動が聞こえるようだった。不安はますます濃くなり、頭は真っ白だった。

 丁度そのとき、前方から一台の車が下りてきた。山仕事を終えた青年と奥さんらしい二人が乗っておられた。先方から声をかけてくださり、「奈良の方に帰られるんですか。普通タイヤでしょ。ちょっと無理です。この様子ではとても峠は越えられませんよ。天理へなら田原にまわった方が安全ですよ」と道順を教えてくださった。

 しかし、運転未熟な私にはこの道をバックするのは至難のわざだった。それを察しられたのか「僕がやってあげましょう」と私の車に乗り、手際よくバックさせてくださった。

 何メートルぐらいあっただろうか、車の方向転換をさせてくれ、さっさと歩いてご自分の車の場所まで登っていかれた。ありがたかった。嬉しかった。私の手足はまだ震えていた。我が家に辿り着いてやっと生きた心地が戻った。

 それ以来、雪の日は運転をお休みにしている。慌てていて、助けてくださったあの青年にお名前も聞かなかったことに気づいたが、二十数年たった今も、そちらの方に向かって合掌したい思いである。
「柳生のお兄さん、あの時は本当にありがとうございました!!」

天理市 岩本芳子 68歳

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