道からはじまるストーリー

第39話 「思い出の通学路」

2006.09.01

 30年前、近鉄新大宮駅から北へ向かう道を歩いて、高校に通っていた。そのころは今のようにビルも立ち並んでいなくて、冬は北風が吹きつける何もない野原の道だった。

 今年、縁あって高校生になった長女が同じ道を通学することになった。受験の朝、遠方で一緒に受ける同級生がいないことや、懐かしさもあって、久しぶりに娘にくっついてあの通学路を歩いた。

 改札が自動改札になっているのに、まず驚いた。駅前は広場のように整備され、歩道の両側にずらりとビルが建ち並び、すべてが様変わりしていた。
  しばらく歩くと、私は声をあげた。
「歩道橋やん。あそこまで送らせて」

 最寄り駅までと思っていたのに、どこまでついてくる気やという顔をしていた娘は、ほっとした様子だった。

 歩道橋は、昔のままそこにあった。あのころ、よく友だちと歩道橋の欄干にもたれて話をしたのだ。3年のころだったか、将来の進路や受験のことなど話はつきなかった。高い建物がなかったので遠く生駒の山並みを眺めながら、高校の向かいの店で買ったお菓子を食べたりした。
  好きだった男の子をずっと目で追いかけたこともあった。

 保健師になった友だちは、4児の母になった。デザイナーを目指した友だちは、学校を辞め離婚をして今は連絡がとれない。仲良しの友だちも、30年の月日の流れの中で、それぞれにみんな精一杯今を生きているのだろうか。
  一体、何人があのころの夢を叶えたのだろうか。

 歩道橋の下で娘と別れた私は、そのまま踵(きびす)を返し、職場に向かうため多数の通行人と反対の駅へ向かう。
  でも、急ぎたくはなかった。この道を歩くうち、だんだん高校生の自分に戻っていくのがわかる。私はもう少し、高校生でいたかった。

大淀町 小川美佐代 46歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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