少年時代、大阪で育った私は、二上山や金剛山に登って一望できる東方の世界に、一種のあこがれを持つようになっていた。
そして二十歳代になって、一人で自転車に乗り、その方面へ旅することが多くなった。特に国道165号線とそれに沿った道には、よくお世話になったものである。
年を経て、その道筋の様子はすっかり変わってしまったが…
―50年ほど前の話である。
とある日、あの自転車による一人旅が始まる。府県境の穴虫峠を越え、下田、高田の町を通り抜け、ひたすら東へと進む。
当時は、国道と言っても未舗装の所が多く、車が通ると砂ぼこりが舞い上がる。つい農道に入り込み、あちこちと寄り道をする。そこで思わぬ発見をすることもあった。今井町の古い町並みに驚いたのもこのころである。
私の自転車は、やがて長谷の門前町に入る。もう暗くなった道ばたに床机を出して、夕涼みをしている人たちの前を、自転車を押しながら歩いた。
仁王門の前で右の方へまわると、学校らしい場所があった。運動場の片隅にテントを張って寝ようと思い、ごそごそしていると、「そこで何をしているのですか」と声がかかった。
…おまわりさんだった。
校庭はだめだと言うので、移動しようとしたとき、いきさつを見ていた一人の少女が、「あの…うちでよかった」と言ってくれた。ひとり自由に、と思ってはいたが、ご好意に甘えた。
翌朝は、まず観音様にお参りし、朝顔の咲くお庭をあとに、室生へと向かった。
今、私は妻と二人で平凡な暮らしをしているが、あの道筋で出会ったさまざまな出来事が、折々の情景と共に、まぶたに浮かぶのである。
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