道からはじまるストーリー

第47話 「思い出の香りの道」

2006.10.27

 十年ほど前、奈良、高畑の破石バス停から、旧柳生街道へ向かう道、平行して大道町、志賀直哉邸前の道などが、息子と私の散歩道だった。

 長雨が続いたあとの初夏、久しぶりのお散歩道を二人で楽しんでいると、なんだかせつなく懐かしい香りに包まれた。あたりを見回すと、お屋敷横の立派な梅の木から、熟した実がこぼれ、側溝のきれいな水に醸されて、甘酸っぱい香りをあたり一面に漂わせていた。

 あぁ、梅の実だ。そう思った瞬間、記憶がタイムスリップした。

 小学一年生の学校の帰り道に、友達に誘われて、お寺の横の小川に落ちている実を夢中で拾った。それが梅の実だということすら知らなかったが、甘くておいしそうな匂いに、とてもよいものに思えた。持って帰ったら、さぞや祖母が喜んでくれるだろうと意気揚揚と帰った。
  けれど、いつもは本当に優しい祖母が烈火のごとく怒った。

 幼かった私は道草をしたこと、小川とはいえ、そこへ降りたことなどを祖母が怒っているのだと思い、「あぶないことはしてないよ」と泣きながら、訴えた。

 すると祖母は、やっと我に返り、祖母の息子である私の父が、戦争中、学童疎開をしていて、おなかがすき、友達と梅の実を食べてその友達は亡くなり、父は九死に一生を得た話を聞かせてくれた。

 祖母にとって孝行息子とは、とてもいえない父だったのに、祖母はこんなにも父を大切に思っていたのだと子ども心に不思議に思ったものだ。

 現代に戻って、傍らにいてくれる息子を見て、祖母の母親としての気持ちが少しわかった気がする。母親とは無条件に我が子を愛しいと。

 きっと、私は、この道を通るたびに梅の実の香りと今は亡き、祖母と父。そして手をつないでいた幼い息子を思い出すだろう。

奈良市 柴野理佳 43歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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