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遠き昔、吉野の山奥の峠道での思い出である。
父が戦死して、母が再婚という中で、私は親戚にもらわれて行った。
そんな事情も母の気持ちも知る由もなく、5歳の私は親戚の家へ行く喜びで、田んぼのあぜ道でオタマジャクシを眺めたり、花を摘んだり、蝶々を追いかけたりしながら、母と峠を越えて行った。
春のそれは、暖かいというより暑いくらいのころだった。
25歳という若さで未亡人となった母は、親族会議で再婚という話になり、ずいぶん抵抗したそうだ。
しかし、相手の方に子どももいないということで、私は親戚へもらわれることになった。
そのときに母が詠んだ歌に、
「もらわれて行く子にせがまれ野グミ取る たけしツクシやイタドリも取る」
「送り来て止むなく果つる峠道 そっと袂に入れて帰りたや」
と後に母の日記に記されてあった。
今なら、そのときの母の気持ちも分かるのだが、いつもならそんな道草をすれば叱られるのに、いつもと違う寛大な母に、そして少しでも我が子と一緒にいたいと思う親心に気も付かず、無邪気な私は、楽しくて仕方なく、しっかりつながれた母の手さえも煩わしく思ったものだ。
その母も亡くなって40年が経った。
あの懐かしい峠の二本松、丸太を渡しただけの橋はどうなっているのだろう。
車も通れる大きな道に変わっていることだろう。行ってみたいけど、少しとまどっている私に、きっと天国の母も涙で笑っていることだろう。
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