道からはじまるストーリー

第55話 「遠い記憶を辿った道」

2006.12.22

 子どものころは大阪に住んでいた。当時の小学生の遠足は、遠い足と書くように足が痛くなるまで歩かされた。

 中でも覚えているのは葛城山や生駒山への登山、冬の金剛山の耐寒登山などで、今のように目的地までバスで行って見学するようなものではなかった。
  だが、しんどかった思い出より、途中、何度も休憩しながら友達とお互いに励まし合い、たくさん歩いた達成感や、なんとも言えない清々しい気持ちになったことは、今でも忘れられない。

 生駒に引っ越してきた当時、すぐピンとこなかったが、南生駒の駅前の道を歩いていると、ここを以前に歩いたことがあるかのようなぼんやりとした記憶が頭の中をよぎった。
  この記憶が間違いないか確かめるために、生駒山に登ってみたい気持ちでいっぱいになった。

 ある日、小3、小1、3歳の息子を引き連れてチャレンジした。南小学校の前を通り、こんなところに小学校があったのかな、でもこの細い道は歩いたような気もする…と思いつつ、「お母さんが子どものころ、ここを登っていったんよ」と、子どもに話しながら歩いた。

 細い道はしばらく続き、家が建ち並ぶ道を行くと、急にあたりが木々に囲まれ山の雰囲気になった。
  そこを通り抜けると車が走れるような広い道に出て、ここから暗峠までずっと見晴らしのいい道が続く。

 あぁ、ここは確かに歩いた気がする。気持ちはどんどん子どもの頃に戻っていった。

 一番下の息子を励ましながら歌を歌って歩いていく。峠近くのトンネルは、子どもの頃に感じた薄暗い不気味なものではなかった。
  何度も休憩しながらやっと峠に辿り着いた。ここから山頂までは今までと違った山道だ。途中に街全体が眺められる展望台とすべり台があり、子どもたちの疲れは一気に吹き飛んだ。

 現実と遠い記憶が入りまじる不思議な1日だった。

生駒市 西本亜樹子 43歳

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 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





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