道からはじまるストーリー

第61話 「相撲神社への道」

2007.02.16

 私は今年81歳になる。

 長い人生で思い出は数々あったが、もっとも強い印象を受けたのは、31歳で亡くなった次男と共に何回も行った穴師の相撲神社への道だ。

 相撲神社への道は、大和の東に連なる青垣山への道。

 25年も前のこと。
  その道は今、どのように変わっているのだろうか。

 草を踏みしめて何度も振り返りながら、ゆっくりと登れるやさしい坂道だった。神社のすぐそばから見下ろす大和平野の景色はすばらしく雄大で、何ものにもかえることはできない。

 眼下のすぐ間近にはJRの桜井線が走り、さらに大和盆地が広がる。
  そのはるか向こうに生駒山、二上山、葛城山が見える。途中の道の片側には、みかんの無人販売所もあった。

 ここで買ったみかんを食べながら二人で歩くのが一番の楽しみだった。この土地がいつごろから「みかんの里」となったのだろう。

 古代の人々は朝と夕べに流れる雲、はるか二上山の夕日をまぶしく眺め、時を過ごしたのだろうか。美しい山々。見下ろす大和平野。昭和25年ごろにうたわれた「山のかなたに」「青い山脈」などの歌も連想した。

 初冬のこの里は、甘い香りと静寂に包まれている。

 私は息子に問いかけた。
「こーちゃん。ありがとう。いつまでここへ来られるの…」

 彼はふいに上を向いて「そーやなぁ…」と言いながら軽く笑った。

 思えばこのときが最後だった。天国へ旅立っていった息子。東の山に向かって「こーちゃん」と大声で私は呼んでやりたい気持ちでいっぱいだ。

 一緒に歩いた思い出の道。懐かしく忘れることができない。

田原本町 辻谷厳子 81歳

写真

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





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