道からはじまるストーリー

第62話 「陽射し溢れる道」

2007.02.23

 高校生になって初めての夏休みだった。同じクラスのT君と映画を見ることになった。

 奈良市内の高校に通っていた私達は三条通りにある映画館へ入り、スターウオーズを見た。当時のSF映画の中では特殊映像が呼び物で、画面に吸い込まれそうだった。
  まさかこの映画が以後シリーズを何作も重ね、数年前まで上映されることになろうとは、そのころ思いもしなかった。

 映画を見終え外に出ると、夏のまぶしすぎる光が目に吸い込まれ、三条通りに陽炎が立ち上がっていたような記憶がある。
  夏の、刺すような白っぽい陽射しが溢れた三条通りを興福寺方面へ歩き、それからT君に「良いところへ連れて行く」と言われ、登大路をまっすぐ進んでいった。

 春日大社か東大寺にでも行くのだろうと思っていると、T君は県庁と文化会館の間の道を通り、県立美術館のそばの道を奥へと入っていった。そこは表の車通りとは別世界のように静かな道だった。

 私達は互いに気恥ずかしかったのか、並んで歩いていたものの、手をつなぐこともなかった。

 静けさの中、夏の空に目いっぱい蓄えられた陽射しが上空から溢れるように照りつけ、道端の木の葉陰が、道にくっきりと映し出されていた。
蝉時雨が時間を忘れさせるように響き、その音に聞き入りながら歩いた。

 彼は依水園というきれいな日本庭園に連れて行ってくれたのだった。そこから東大寺への近道があり、庭園を見てから行った。

 その後、学生時代や社会人になってからできた友人、さらに外国の友人と共に、T君と通った道を歩いて興福寺から依水園へ、さらに東大寺へと足を伸ばした。

 その都度、T君との思い出の道にしておくべきだっただろうかと思いつつ、照り輝いていた真夏の道と共に、T君とのあのころのことを思い出し、ほほ笑ましくなるのだった。

生駒市 沢野繭里 44歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





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