道からはじまるストーリー

第70話 「時雨に煙る浮見堂」

2007.04.27

 終戦の翌年、北陸の女学校を卒業して48年振りに山中温泉で開かれたクラス会で再会したNさん、Sさん、私の3人。当時の時勢で関西からの疎開組だった私たちは、慣れない土地で肩を寄せ合って2年間を過ごした仲間だった。

 それぞれ横浜、石川、奈良と離れて暮らしていても、消息だけは伝え合っていたから、「来年から3人で会うことにしようか」と誰言うともなく言い出すと、「秋の古都を歩くのもいいな」と、Sさんの一言で次の年の10月、第1回目の案内役は私で、三人旅が始まった。

 あの日は、あいにく小雨が降っていて、それでもやっと3人で会えた喜びで皆わくわくして近鉄奈良駅から東向商店街を歩き、三条通りから猿沢池が見えてくると、もう何度も来たことのある私でさえ、何とも言えないくらい、感動を覚えた。
  雨に打たれた柳の木々の間から興福寺の五重の塔が、霞んだように浮き上がって見え、それはまるで一幅の墨絵のようだった。

 ちょうどその時、さっと噴水も高く吹き上がり、思わず友人らの歓声があがる。それぞれ傘を差しかけながら、ぱちぱちとシャッターを押していた。
  それから小道を少し歩き間もなく浮見堂へ。道から見ると池の水面は雨脚で白く光って見え、浮見堂もぼうっと灰色に煙っていた。時雨でも鹿も何頭か出ていて私たちのカメラに入ってくれ、3人は濡れた細い橋を渡りお御堂の中へ。腰掛があって私たちは、時間が経つのも忘れてしばらく話し込んだいた。

 次の日は、昨日の雨が嘘のように、気持ちの良い秋晴れ。宿から出て県知事公邸のある通りを歩く。長い塀を巡らした大きな屋敷の続く道は、前方にある若草山が折からの陽を受けて眩しく迫ってくるように視界いっぱいに見え、友人らはまたまたカメラを向けていた。

 あれから11年、三人旅は今も続いているが、あの秋初めて古都の道を一緒に歩いたこと、友も忘れないでくれるだろう。

大和郡山市 小塚米子 76歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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