道からはじまるストーリー

第71話 「通ったあの道」

2007.05.11

  決壊したダムのように改札口から押し出されると、いつもの道を独りとぼとぼ歩き出す。
  橿原神宮前から学校までは歩いて15分ほどの距離だ。裏道を行き史跡に数えられる久米寺を通り過ぎて橿原神宮の外苑を視野にとらえると学校まではもうすぐだ。

 私のほかにも多くの生徒が学校へ歩を進める。校舎では朝の「おはよう」の声が飛び交う。第一校舎の2階、階段を上がってすぐの教室、扉を開けて一番前が私の机だ。

 私は歩を速める。駆け足で階段を上り、教室の扉をあける。でも、扉の向こうは真っ暗な闇だ。友達の声も聞こえない。漆黒の闇がどこまでも続いている。

 何度扉を開けても私は自分の席には辿り着けない。そこで、ようやく私は目が醒める。

 石のように硬いスプリングのベッド、生暖かい室内には、何種類かの薬品が入り混じった空気が漂う。
  そう、ここは病院で私は入院しているのだ。

 卒業式もこの病室で迎えているし、あの道を二度と通学することもない。仲のいい友達や先生の顔、校舎やグラウンド、すべてが走馬灯のように駆け巡り、私は混乱する。やがて私は寂しさと言うオブラートに全身を包まれる。これが目覚めの悪いときのいつものパターンだ。

 けれど今、私はこう考える。辛いこと、悲しいことはいつも唐突に訪れる。何の心の準備もしていないのに…。でも、そこから逃れられないと分かったら、そのときを一生懸命やるしかない。頑張るしかないんだと。そして今やるべきことは病気を治すことなんだと‥。

 退院できたら、もう一度あの道を行かなければならない。よく晴れた朝に学校生活を振り返りながらゆっくりと。歩きながら小さな酒屋さん、道端のお地蔵様、電信柱の広告まで記憶に焼き付けたい。そして晴れて卒業証書をもらおう。そう、もちろん、そのときは満面の笑顔で。


香芝市 中井博子 15歳

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 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道





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