道からはじまるストーリー

第72話 「ささやきの小径」

2007.05.18

 今から41年も前のこと。私は職場で知り合った男性と、初めて奈良公園でデートをした。今と違って携帯電話もなく、待ち合わせは近鉄奈良駅か国鉄奈良駅だった。

 日曜日の午後の奈良は、今以上ににぎやかで活気にあふれていた。職場では軽い冗談も言ったりしてた二人も、何か落ち着かず、公園の中の道を仕事の話をしたりしてまるで職場の延長のような会話が続いた。そして、お互いの家族の話になり、気が付くと飛火野まで歩いていた。

 鹿が三々五々のんびりと歩き、さあ私たちはどうするか少し迷っていたとき、彼が「ささやきの小径知ってる?」と言った。私はまったく知らなくて「どこの道?」の聞いた。彼は指をさして「ここからがそうなんや」と言い、一人でどんどんと進んでいった。
  何かあまりにもロマンチックな甘い響きの名前で、とてもドキドキし、未知の世界にでも入っていくような気持ちだった。

 その径は確かに幅も狭く、若い男女が散歩するにふさわしい径ではあった。しかし私たち二人と言えば、両側に今が旬と小さな白いアセビの花を愛で、チッチッと鳴く小鳥を探し、植物や野鳥の説明を聞き、少し初デートとは程遠いものだった。でも、尊敬の念を抱き始めたり、どこかで拍子抜けしたり、そうしてささやきの小径は終わった。

 翌年昭和42年の秋、縁あって結婚した。あとで分かったのだが、主人は野鳥の会の会員で山登りの愛好家だったのだ。ささやきの小径は、なるほど格好のデートコースだった。

 その主人も30歳で自営の道に入り、6年間夫婦と一人息子と三人で頑張っていたのだが、突然、急性骨髄性白血病のため36歳の若さでこの世を去った。入院中「治ったら、親子三人で初めて行ったあのささやきの小径に行こう」と言っていった。月日の経つのは、本当に早く、昨年の12月で三十三回忌になった。

 今でもあの小径で私に言ってくれた言葉を思い出す。「誰からも好かれて得な人やなぁ」。
今年こそあの小径へ一人で…。


生駒市 外山豊子 63歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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