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和歌山線掖上駅。単線のレールが吉野の里へと続く田舎の無人駅。
そこから山間の我が家まで曲がりくねった一本道が続く。開発の手が及ばないその地域は、一本道に平行して流れる小さな小川の周りに、どこまでも田畑が拡がっていた。それはずっと昔から、あの頃も、そしてたぶん今も…。
でも私にはもうその道を行くことは叶わない。当たり前のことだが、私自身、老いには勝てず、脚も悪くしたことから今では京都に住む長男夫婦の世話になる身分だ。
その道は碁盤の目のように整備された京都市内に比べれば、何もないそれこそ殺風景な道だった。駅の傍らの郵便局と、一本道の中程に老舗の薬屋がある以外は、目立った建物もなかった。
それでも私にとっては思い出深く懐かしい道。若い頃、周辺に食料品店がなく、毎日のように御所市街まで買出しに歩いた。
時には亡き主人と寄り添って、時には幼い長男の手を引きながら…。
冬の寒さはとりわけ厳しいものだったが、夏の夜には満天の星空のもと、川べりに蛍が舞い、澄み切った秋の空には赤とんぼが気持ちよさそうに浮かんでいる、そんなのどかで風情ある道だった。
我が家は今でもそこにあるそうだ。過疎地域なので買い手もつかないのだろう。人の住まない家屋が傷むのは早いと言う。もうすっかり荒れ果てているのだろう。
しかし、私の心の中では、我が家はあの頃と何も変わっていない。家族で囲んだ食卓や、主人がこまめに手入れをしていた盆栽、洗濯に汗を流した土間など、昨日のように思い出される。
今度、年寄りのささやかな願いを長男に頼んでみようかと思っている。
車の助手席でいいからあの道をもう一度行きたいと…。
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