道からはじまるストーリー

第89話 「窟道(いややみち)」

2007.09.21

 定年を過ぎてから鍾乳洞に取りつかれてしまった。理由はよく分からないが、石見銀山を訪れたとき、私の中で何かがはじけたようだ。それからというもの、中国地方の鍾乳洞は行き尽くしてしまった。

 そんな折、奈良の息子から連絡があり、「こちらにも鍾乳洞がある」とのこと。暇だけはたっぷりある私は、早速いそいそと奈良へ出向いた。
  その鍾乳洞は川上村なる所にあり、地図で見る限り、随分と山の奥らしい。
  鍾乳洞の名前は不動窟。私は、近鉄電車とバスを乗り継ぎ、何とか辿り着くことができた。

 この鍾乳洞は、不動明王に縁があり、大峯山の修験者たちの行場の1つだったらしい。
  天の岩戸を思わせる入り口をくぐると幻想的なその道は、奥へ向かってゆっくりと下降している。太陽の光を知らないこの道は薄明かりに照らされ非日常的な空間を作り出している。

 ひんやりとした空気が蒸し暑さを意識の外へ押し出し、辺りの鍾乳石がのっぺりとした影を行く道に落としている。歩いていると、すぐ後ろに修験者がいるような錯覚にとらわれる。そんな畏怖感すら覚える道だ。

 この道と景観は、高層ビルをあっというまに造りあげる先端技術をもってしても造ることは出来ない。人的に造られた石見銀山とは違う。この道には、気の遠くなるような歳月が蓄積している。そして今、この長い歳月と私の短い人生が交錯している。

 140mほどの行程だが、途中には大量の水が轟音と共に脇を流れる道もある。まるで縮小版のナイアガラ大瀑布のようだ。地上のハイキングコースもよいけれど、私はこういう道も好きだ。

 自然の創り出した神秘的な道の魅力は十分堪能できた。しかし、明かりすらない昔、修験者たちが何を思いこの鍾乳洞で行を積んだのか、そればっかりはどうにも理解できなかった。

 その日は、近くの小さな湯宿に投宿した。こちらもどうして情緒たっぷりの魅力的空間だった。


鳥取県米子市 中井稔二 62歳

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 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道




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