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物心ついたころから結婚する29歳まで、私は毎年8月10
日、いつも同じ道にいた。
毎年その日は、墓会といって、ご先祖様の供養をするため、早朝からお坊さんが、各家のお墓を回りお経を唱えてくださるというものだった。
その特別な日のために、私の家では、朝の3時に起床し、線香、ろうそく、マッチ、供え花、バケツを持ち、約40分かけて川西町から安堵町へと続く堤防を懐中電灯を照らし歩いた。
早朝にもかかわらず、方々から他数人が集まり、露店も出て賑わいをみせていた。
お参りが終わり、帰るころになると、空はうっすらと明るくなってくる。
途中、東の空に目をやると朝日が昇ってくる瞬間を見ることができる。
肉眼でもくっきりと見ることができ、その色や輝き、そして、それを包む空気がとても神秘的で思わず立ち止まり見入ってしまう。
地平線からゆっくりと昇る姿は、とても美しく、次第に恍惚と輝く太陽となり、静寂の中に力強い光を醸し出していた。
高校生の時、短歌の授業があった。
「帰途につき 東の空に ゆっくりと 昇る朝日に かすかな望み」と詠う。
(注釈をつけなかったので朝帰りと笑われたが…)。
家族4人でこの道を歩くことが毎年続いてほしいという望みを込めて、この句を大切にしたいと思っていた。
私は今、主人のお弁当を作る合間、ベランダに出て、東の空を眺めている。
8月10日、午前5時10分。
地平線からゆっくりと顔を出す朝日を見ながら、ゆったりとした空間でしか味わえなかった昔の出来事を懐かしんでいる。
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