道からはじまるストーリー

第91話 「ささやきの小径」

2007.10.05

 破石バス停から歩く。旧志賀直哉邸。この辺りでつい足が止まる。そして瞑想にふける。
  ここから公園を通り、春にはあせび花咲く小径が二ノ鳥居近くへ通じている。いつ名付けられたのか、ささやきの小径というロマンな名の小径である。70年近く前になるが、私は仲良しの女子学生と何回か一緒に歩いた。
  戦争へと続く一瞬の安らぎの刻であった。

 その後、私は出征。終戦の年始め、兵団はベトナム近くにいた。兵団は海岸に沿って北上、その間、1回その女性から軍事郵便が届いた。
  「護国神社へお参りの帰途、自然にあせびの森に出たの。歩きたかった。でも1人じゃ寂しすぎる。2人で歩く、いつの日か」。そう結ばれていた。
  あせびの森の小径。2人で歩く。いつの日か。
  そのような光景を想像しながら、炎天下ひたすら海のかなた祖国を目指し歩いた。

 22年帰国。その女性が戦後大阪へ転居したことを旧友から知らされる。
  その後、消息のないまま幾年。今年5月初め、彼女と同級であった知人から、秋に同窓会をやりたいので、左記の同級生について現住所を知っている方があれば知らせてほしい、という手紙を受け取った。
  不明の中に彼女の氏名を見て、忘れかけていた青春の思い出が蘇ったように懐かしい気持ちになった。

 その後、彼女の近況は分かったのだろうか。気にはなっていたが、誰にも問い合わせしないまま、夏も過ぎようとしている。今も私の脳裏に浮かぶ彼女は、女学生姿のままである。

 これでいいのじゃないか、きっと幸福な日々を送っていることだろう。そうだ、来春あせび花咲くころ、ささやきの小径を歩いてみよう。
  戦争という悪夢の時代もあったが、彼女の手紙一通のおかげで、どれだけ癒されたことだろう。もう一度、青春のころを振り返り、当時のことを偲び、青春と戦争この問題についてよく考えてみたい。
  ささやきの小径を歩く。来春を待ちわびる今日このごろである。


奈良市 西川九州男 85歳

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