道からはじまるストーリー

第96話 「佛縁の道」

2007.11.09

 人生の終わりが近づき気づいたことは、何時も良しと思い切って決心し物事をはじめるのだが、そのほとんどが3日も続けばいい方で、すぐ挫折するという意志の弱さの中で、唯一、私が32歳の時から75歳の今まで続けてこられたことがある。

 若いころは信仰心のなかった私だったが、娘が4歳の時、幼稚園の入試があり、知人の古老が、「テストは本人次第だけれど、抽選は佛様のお力をお借りしなさい」と教えてくださり、はじめて興福寺の一言観音様とのご縁を得たのだった。

 自宅から教育大学を通り、破石から西へ浮見堂に出て、一の鳥居から南円堂への参詣道というコースが自然と定まり、体力のあった60歳くらいまでは、毎月おついたちの早朝に自転車で通い続けた佛縁の道となった。

 まさか75歳の今日まで続くとはゆめゆめ考えていなかった。当時は世の中も穏やかで町の治安もよく、早朝でも夜でも安心して歩けた。

 何よりも四季の移ろいが脳裏に刻み込まれて、大みそ日の鐘の音を聞きつつ歩いた道、春の花、5月のメーデーと新緑、また浮見堂の百日紅をめでた夏、紅葉から枯葉と、四季を味わう道筋は行きも帰りも佛様への祈りの道すがらだった。
  心の重いときも、その悩みがリセットされ、心を反省でき、さらにその往復の時間に長い間かかって般若心経を覚えそらんじることができるようにもなった。

 ひたすらに通い続けられたのは、奈良という土壌の醸し出す佛教との長い信仰の歴史が根づいており、この地で暮らした先人たちもきっと佛縁を求めて、この参道を踏みしめ、踏みしめしてできた尊い道だったのだ。

 この参道が信仰への誘いをしてくださったからこそ、1つの決心が毎月毎年と積み重ねられ習慣となり、43年間ひたすら歩き続けられたのだ。

 今は家族の毎日の無事を祈り、感謝し、すべてを仏様にゆだねている。そしてその参詣道は世界文化遺産として誇れる道なのだ。


奈良市 本田順子 75歳

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 地上にはもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

わたしのすてきな奈良の道




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