道からはじまるストーリー

第97話 「休息」

2007.11.16

 市役所の向かいに建つ奈良センタービル。その、正面玄関には立派なオブジェが建てられている。私は、その前を通るたび、つい笑みがこぼれ思い出す…。

 学生時代を静岡で過ごし、結婚・出産。1人娘をさずかった。娘が2歳の時に、生まれ育ったこの奈良に帰ってきた。その後まもなく離婚し、当時運転免許のない私は、自転車の後ろに娘を乗せ、やっと入所できた保育園への送り迎えをしながら仕事についた。

 保育園は、自宅から約30分。さらにそこから職場まで約30分。帽子を深くかぶり、暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も…。時には大声で歌を歌い、帰り道は必ず自転車がかたむきそうなくらい娘は船をこぎ大いびき。
  ある日、センタービルの前を通ると娘はいきなり「こんにゃく!」と叫んだ。通い慣れた道で突然のセリフと意味がわからず通り過ぎた。
  その日の帰りも次の日もその次の日も、娘は「こんにゃく」と叫び続けた。いつも、通り過ぎる私にしびれをきらしたのか、娘は「ママママ!見て見て!こんにゃく見て!」と怒りだした。

 毎朝、猛スピードでかけぬけている道だがその日初めて自転車を止めて後ろを振り返り娘の言葉に耳を傾けた。娘は「ママママ」と叫びながら指をさす。その先には、あの立派なオブジェ…。ようやく分かった。そして私は、大笑いし娘の頭をなでた。
  毎日周りに目もくれず必死に過ごしていた。そんな私に、「ゆっくり行こうよ」と娘が教えてくれた気がした。

 現在、娘は小学3年生になり元気に学校へ通っている。私は、車を走らせ仕事へ向かう。やっぱり慌ただしい毎日だ。でも、センタービルの前を通ると「ママママ」と娘の声が聞こえる気がする。ふと、オブジェに目をむけ休息する。そして、娘が待つ我が家への帰路に着く。

 こんにゃくは、今も私に語りかけてくれる。「休んでいいよ。ゆっくり行こう」と…。


奈良市 松亜希子 34歳

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