道からはじまるストーリー

第98話 「バス路」

2007.11.23

 老いてすっかり足腰が弱ってしまった私は、今では娘婿の世話になる身だ。毎日、治療とリハビリのため送迎バスに乗って上牧町の総合病院に行くのが日課になっている。

 バス通いも長く続くと多くの友達ができ、運転手を含め、病院までの道程はちょっとした社交場だ。

 それでも長く続けば続くほど人生の悲喜こもごもに出くわすことも少なくない。ある人は無念のうちに天寿をまっとうし、またある人は全快し去っていく。いつしか私を毎日運んでくれる運転手さんさえも体を悪くして入院してしまった。

 ひるがえって私はといえば、老いからくる衰えが根治するはずもなく、かといって性急に死が迫っているわけでもなく、今日もまたバスのシートに身を沈める。

 どんよりとした不安、心の中には灰色の雲…。果たして今の私は幸福なのか不幸なのか、時としてそんな疑問が心をよぎる。

 もちろん答えは見つからない…。そんな折の過日、娘とふたりの孫が敬老の日を祝ってくれた。
  小さなプレゼントに添えられたメッセージには「いつまでも長生きしてね。大好きなおばあちゃん」とあった。

 そのとき自問自答していた答えを見つけたような気がした。私には気遣ってくれる娘、慕ってくれる孫たちがいる。私は不幸じゃない。私のささやかな生きがいが目の前にある。これからも孫たちの成長を見届けたい。

 次の日、カーテンのすき間から差し込む柔らかな朝陽で目が覚めた。バスのシートから眺める公園の緑が陽射しに輝き、いつもより瑞々しく見える。

 見慣れたはずの景色なのに、昨日までとは違って新鮮に見える。ここ数年、私にちょっかいをだす関節の痛みもほとんど感じない。バスは今日も15分ほどの道程を行く。車内にはいつもの面々がそろい、病人とは思えない笑い声が響く。空は雲ひとつない晴天だ。
  ちょうど私の心のように…。


香芝市 中谷テル子 68歳

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