道からはじまるストーリー

第100話 「息子と歩いた道」

2007.12.07

 十数年振りに思い立ったように曽遊の地、西ノ京大池(別名は勝間田池とも呼んでいる)のほとりにたたずんだ。

 大池は万葉集にもその名が見られ、薬師寺の堂塔が池に影を落とし、池の土手の道からは、かっての若草山の山焼きも手にとるように見られたとか―。
  静かで気高く、心のふる里のようなたたずまいを見せている。

 いつの間にか西塔が再現し、風雪に堪えて千年の歴史が染み込んだ東塔が心に響く。
  万葉の人々も目にした自然に溶け込んだこの情景に、私はしばらく時間を忘れた。近い将来、この土手もコンクリートの提になるらしいと聞いたが、人々が歩いて造った憩の池のほとり、草いきれのする香り、野の花など…いつまでも残っていてほしいものである。

 その池の向こうに息子が通った西ノ京養護学校の屋根が見える。遠い昔、息子と二人で好んで遠回りして歩いたこともあった。穏やかな日々が流れていた―。
  ぽっかりと空いた私の心の空洞を、この池のみちが私を支え、暖かく包んでくれた。
  こんなにも自然は優しく癒してくれている―。この子のために、そして私のためにも明るく強く生きねば…と悟った。

 そして今も息子は元気に、そして80歳になった私も健康に守られている。

 どこから飛んできたのか白鷺の一群が池のさざ波に身をまかせている。その中で、一羽がぽつんと仲間から離れて1人で遊んでいる。ふと我が息子の姿がだぶって見える。鳥の世界にもみんなと違う事情があるのだろうか。それとも1人を楽しんでいるのだろうか。

 ふと我にかえる。日も陰ってきた。
  懐かしい旧友に会えたようなひとときを与えてくれたこの道をまた歩いてみよう。


奈良市 北出幸子 81歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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