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天理市長柄地区の山の辺の道は、枝いっぱいに実った柿が色づき、古い民家の白壁と見事なコントラストを見せていた。人の姿はほとんどない。白黒斑の猫がのんびりと道を横切っていた。中年男女グループのハイカーが、その静けさにひたるようにゆっくり歩いていた。
娘夫婦と小学生の孫2人がこの近くに住んでいて、数年前から隣りの空き地を利用して、野菜をつくりはじめた。
奈良市内の自宅からマイカーで約40分の距離だが、週1回は通ってくる。気が向くと、山の辺の道を散策する。
なだらかな山々をバックに、道は四季折々の表情を見せる。長い歴史を秘めながら、それを声高に主張しない控えめなたたずまいが好きだ。
山の辺の道は、歴史とハイカー向けの観光道路だけではない。そこに暮らす人たちの生活道路でもある。娘たちの家族にとっても日常生活に密着した道である。
昨年暮れ、地区主催の「山の辺マラソン大会」が開かれ、娘の家族も総出で参加した。なだらかな坂道の山の辺の道は、マラソンコースにうってつけのように思えた。
孫のうち、小学3年生の弟はサッカー少年で、マラソンにも自信を持っている。1歳上の姉はおっとりして勝敗にこだわらないタイプだ。ところが、山の辺のマラソンでは、姉が猛烈な勢いで、山の辺の道を走り抜け、上位入賞した。
娘夫婦の家をしげしげと通うのは、山の辺の道にひかれるせいもあるが、それ以上に、二人の顔を見る楽しみがあるのは言うまでもない。野菜の世話にかこつけて孫に会うための口実であるかもしれない。
サラリーマン生活を終えて、年金生活に入ってからの楽しみである。野菜づくりは初めての経験で、本を頼りに手さぐりの野菜づくりだ。それでも孫たちに畑を手伝わせ、植物の講義をするのも楽しい。
しかし、孫たちは最近、祖父の相手をしてくれる暇がなくなった。私は、ひとり黙々と畑を耕す。植物の講義もいいが、そのうち、山の辺の道につながるたくさんの歴史を孫たちに講義する日が来るのを楽しみにしながら。
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