道からはじまるストーリー

第108話 「観音様へ続く道」

2008.02.15

 「母が今日死ぬかもしれない」
 そう思いながら、近鉄奈良駅を降り、東向き商店街を早足で歩く。左に折れて、三条通をちょっといくと左手に南円堂がある。

  3年前の夏、私は田舎の祖母のため、南円堂へお参りをしていた。ここの観音様がどんな願いでも叶えてくれると何かで読んで。

 そんな中、母は脳梗塞で救急車で運ばれ、次の日に脳内出血。脳腫瘍の疑いもありと言われる。こんな最悪な例はないという。昨日まで普通にしゃべっていたのに。祖母のお見舞いに行こうと言っていたのに。

 その時学校に通いながら、祖母と母の命を助けてくださいと、毎日、南円堂にお参りを続けた。毎日、同じルートで。

 近鉄奈良駅から、東向き商店街、三条通、南円堂。来る日も来る日も。

 祖母と母のため、毎日南円堂への願掛けを狂ったように続けていた。
  もし2人とも死んだら?きっと毎日の私の顔には鬼気迫るものがあっただろう。

 祈りがきいたのか、夏の終わりに、寝たきりになるはずの母が退院できた。祖母の様子も現状を維持できているとのこと。

 それだけの話だが、あの界隈のほっこりとした商店街の道がなければ、落ち込んで通えなかったかもしれない願掛け。朝早くから掃除されたりする様子を見て、私も頑張らなくてはと元気をいただき、だからやり通せたような気がしている。

 今、少しの麻痺を残して、ほぼ歩けるようになった母と三条通の映画館で映画を見るのも同じ道を通る。感無量である。あぁ、母とこうして普通に映画に行けることのしあわせ。

 東向き商店街と三条通は、ふうわりと人を包んで見守ってくれている。そうだ、観音様のような道だと、ふと感動の涙がにじんだりするのである。


奈良市 中野佳子 41歳

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 この魯迅の『故郷』の中の言葉がエッセイ「私のすてきな道」のスタートでした・・・・・

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