
県下最大規模を有する中世城郭
2007.6.29掲載
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戦国の世に生きる武将たちを描いた作品が大河ドラマで放映されている。今はゆったりとした時が流れる奈良にも、そのような戦乱の時があったのだろうか―。 そんなとき、平群に戦国武将・松永久秀が最期を遂げた信貴山城跡があると聞いた。生駒山地の南東、信貴山雄嶽(おだけ)を中心にした山城で、東西550m、南北700mあり、県下最大規模の中世城郭だ。平群町史にも、「土地の人は高い見事な物見櫓(やぐら)があったと伝えている」とある。そして、この築城が、奈良の多聞城の櫓のある城作りに取り入れられ、信長の安土城にまねられて天守閣となり、大阪城の天守閣に発展していく。まさに「中世の城の先駆をなした」城だ。そんな記述にひかれ、跡地へ赴くことにした。 |
![]() いざ空鉢堂へ |
![]() 信貴山城跡を示す石碑 |
取材の日、朝から小雨が降り、厚い雲が降りていた。信貴山跡は、現在、信貴山朝護孫子寺の所有になっている。標高433mの信貴山。肌寒いのかと思いきや、着いたころには晴れ間が見え、心地よい風が吹いていた。本坊を訪ねると、「ちょっと登りますが、せっかくなので石碑を見に行かれますか」と、登上口まで案内してくれた。 |
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信貴山城跡の石碑は、一願成就の神様をまつる空鉢堂近くにある。そのため、境内でもっとも高い場所に位置するが、訪れる人は少なくないそうだ。多宝塔の奥にある幾重にも設けられた鳥居の細道が参道。静かな木立の中、風の音や鳥の声を励みに、黙黙と石段を上がる。少し息切れ始めたころ、ようやく降りてきた参拝者に出会った。「ここは折り返し地点。まだ半分ありますよ」。そう言われ、やや意気消沈。容易に一願成就できるわけではないようだ。 戦国の世に思いを馳せ、辿りついた山頂は、殊のほか眺めが良かった。ここを武将たちは、どのような思いで眺めたのだろうか―。想像をかきたてられる絶景に、しばし時を忘れ見入っていた。(真) |
![]() 大和平野を一望 |
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