
古代と近世の歴史ただよう鎮守の杜
2005.1.21掲載
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近鉄忍海駅を下車し、西に向かって25分程歩いていくと、坂道の上に「葛木坐火雷(かつらぎにいますほのいかづち)神社」の白色の鳥居が見える。通称、笛吹神社といわれ地元の人に親しまれている。 その名から連想するとおり、全国から笛の上達祈願や奉納演奏にくる人も多く、毎年正月にはフルートや尺八の奉納演奏が行われている。また毎年2月11日に五穀豊穣を祈る祈年祭、おんだ祭りは多くの人でにぎわう。 本殿までの参道は石段。お清めし、数えながら本殿まで上りきると69段あった。最初の石段(27段)でまず目につくのは両端にずらりと並ぶ灯籠。それをのぼりきったところで意外なものが目にはいる。拝殿下の境内にある大砲。日露戦争の勝利品として奉納されたロシア製の「加農攻守城砲」である。先の大戦の折、鉄製品が多く引き上げられたが、このように現在ここに残っているのが不思議だという。 |
![]() 鎮守の杜がひっそりたたずむ |
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なぜ笛吹神社と呼ばれているのかを宮司の持田澄麿さんにお聞きした。元は火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)を祀る火雷神社と、朝廷の笛吹きをつとめた笛吹連(むらじ)たちの氏神で、一族の祖神である天香山命(あめのかぐやまのみこと)を祀る笛吹神社の2社があったのが1つになった説があり、今も地名として残っているとか。 現在もその笛吹連の子孫である持田家が祭祀を受け継ぎ奉仕。今は85代目となっている。 本殿の北西斜め後方には「笛吹神社古墳」が存在し、一族の祖の古墳と伝えられている。また古墳関連で神社の別説が―。当初は本殿がなく、この山をご神体としていたのではないかとの説もあるとか。古墳と神社の深いかかわりに古代の歴史の息吹を感じる。 |
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鳥居の右側には周囲3メートル程の県指定天然記念物「イチガイシ」の巨木がある。海抜170メートル前後の扇状地に群生するのは珍しいとか。ほかにも境内には占いに用いた波波迦木(ははかのき)があり、平安時代には宮中に献納していたという。 このあたりは葛城古道ちかく。古事記や日本書紀にも登場する神話・古代史の舞台としても有名で、数多くの史跡や由緒が多く残っている。古代に思いをはせながら訪ねてみるのもよいだろう。(俊) |
![]() 県の天然記念物のイチガイシの巨樹 |
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交通近鉄忍海駅より西へ徒歩25分 |
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