スニーカーにはきかえて

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黒髪山の稲荷神社 那富山墓(奈良市)

古代と現代が隣り合う不思議な空間

2003.11.26掲載

バス停「奈保山御陵」の辺りには奈良時代の女帝、元正天皇と元明天皇2人の御陵がある。さらに南に進むとゴルフの練習場が見え、その手前を右に折れて坂を上る。そのままゴルフの練習場に沿うように左に進むと、まず祠といくつかの石仏が目に入る。「史蹟奈保山西陵7ツ石」という看板があり、隣の建物の壁には「史蹟 黒髪山」の文字と万葉集が一首書かれている。

ぬば玉の
  黒髪山の 山草に
 小雨ふりしき
  しくしく 思ほゆ

誰の歌かと後で調べてみると柿本人麻呂の作らしい。ここが黒髪山である。今回はこの名前にひかれて訪れた。その建物を越えると「黒髪山神社」と鳥居に書かれた神社があり、鮮やかな朱色の鳥居が奥まで続いている。中はひと目で見渡せるほどの小さな神社である。

黒髪山神社
朱色の鳥居と鎮守の杜がひっそりたたずむ
那富山墓
遊園地の横に静かに眠る基皇子

本殿の横にこの神社の社史があり、黒髪山の名前の由来についても書いてあった。垂仁天皇の皇后狭穂姫は、兄の狭穂彦王が謀反を起こした時に兄の陣営で皇子を産んだ。皇子を天皇方に渡そうとするが、その時に捕まらないよう黒髪を切った。そしてその黒髪を埋めた地がこの「黒髪山」であるという。

狭穂姫に関して興味深い話がもう一つ載っていた。この神社を管理する奈良豆比古神社の神主、辰巳直三さんに聞いた話でもある。奈良豆比古神社の境内に「佐保姫影向石」としてずっと大切にされていた石があった。江戸時代に書かれていた碑文が解読されたところ、元明天皇奈保山御陵を示すものだったという。社史は「何と奇蹟であるまいか」と結んでいる。

神社を出てさらに東に進み、三叉路を南へ曲がると左手にこんもりと木立がある。聖武天皇の皇子、基皇子の墓で那富山墓と呼ばれる。この墓の4隅に、人身獣頭の像を刻んだ石が埋めてあると辰巳さんから聞き、見てみたいと思ったが、柵がしっかりと墓を守り入ることができなかった。

そのまま那富山墓に沿って降りて行くと、奈良ドリームランドの入り口に出る。不思議な非現実感を味わった。坂を降りきった所に「那富山墓」と書いた石碑が静かに立っていた。普段は車で通り過ぎてしまう地である。身近に不思議な空間があるのを改めて感じた。(久)


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