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高田城址と天神社(大和高田市) 当麻氏の軌跡を訪ねて 巨木が時代を伝える

ブランコがある小さな公園にある高田城址の石碑

 JR高田駅の近くに高田城址があると聞き、訪ねてみることにした。165号線を南へ行き、踏み切りを渡ってすぐ西へ右折した。すると水鳥が飛来する常光寺池が見えてくる。このあたりに高田城があったというが、学校が建ち、家が並び、イメージとは程遠い。池を半周すると幼稚園があり、そこからまた路地に入る。目の前の常光寺の裏手に高田城址の石碑が建つ。常光寺もまた当麻(とうま)氏の縁の寺だ。

 

 高田城は室町時代後期、当麻氏が城主として君臨し、戦国時代、大和郡山の筒井氏に討伐されるまでの約150年間、重要な砦だった。公園の一部となった城址をしるす石碑のかたわらには、樹齢計り知れない巨木が鎮座していた。また公園の通路にある街路樹も巨木ばかりだった。

 

 踏み切りを渡り、再び駅へと向かう。駅に着く直前、また巨木が目に写る。

 

 駅からはマンションの陰になって分からなかったが、巨木が連なる天神社があった。

 

 砂利道が奥まで続いている。小さな社が数えて6社。本社の近くに当麻神社の名前があった。


 「この天神社は貞応元年(1222年)から高田城主当麻氏によって数度の御造営がありました。当麻氏と縁の深い当社で当麻氏を祀る神社をお護りしています。」というのは天神社、禰宜(ねぎ) の藤井宏典さん(57)。

 

マンションのとなりにある天神社

 他にも土地開発で移動となった弁天社、神明社も並んでいる。また平成10年台風7号で倒れた木も多く、気の毒に思った氏子から梅の木約40本寄贈があったそうだ。

 

 「また2月下旬に梅を見に来てください」と藤井さん。夏まつりは7月21日、体育の日の前日行う神興とだんじりが登場する秋まつりも、地域の人に長く愛されているようだ。全長130m、2000坪の緑あふれる天神社を一歩出ると、コンクリートの建物に囲まれた現代に戻る。なんともいえない不思議な空間であったろうか。 (え)

※このページの内容は2013年2月1日現在のものです。

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